fc2ブログ

タマラのロマンス小説

私の愛するあの人~七夜ユズル先生コミカライズ

私の愛するあの人1

 
 神戸 ストーリー 22 私の愛するあの人2
プロローグ

 ウエールズ郊外の薄暗いバーの外には粉雪が降っている。手のひらに触れると、すっと消えるその雪は偽りの愛の余韻に似て、寂しさと切なさだけが心の中に降り積もる。

 愛するあの人は居ない。

 ソフィーは自分の気持ちをかき消すかのように首を横に振った。

 実在するのか実在しないのか判らない、あの人。

 私の愛するあの人。

 ピアノのふたを開けて鍵盤に手を伸ばし、いつもの曲を弾いた。

 優しい慈雨のような、軽やかに流れる人生を受け入れるかのようなメロディー。この曲を苛烈な義務のように、鍵盤を叩きつけて弾いていたことが信じられない。

 私の愛するあの人は居ない。

 あの人の居ない人生を歩いて行かないといけない。

 バーのきしむ扉から一人の男性客が入って来た。

 扉に近づいて開店前だと声をかけようと見上げた。





 あの人。

 いいえ、あの人ではない。

 あの人に似た別の人。

 どうして私の前に現れたの?もう、私に用事など何もないはず。

 私の愛するあの人であれば、私は・・・・・。
 
 あの人に似た彼の口から放つ言葉を指に力を入れて丸め、肩をすくめて待ち続けた。


          ☆  ☆  ☆


 イギリス、ロンドン郊外の由緒正しいカールトン邸の書斎の磨き抜かれた寄木細工の床の上を、せわしなく歩きまわる足音が,、黒の革椅子に座るソフィーの耳に警鐘のように鳴り響く。

 光沢のある重厚な印象の机には書類が広がり、明らかに穏便かつ事務的に事を済ませようと考えている老齢の弁護士が机の奥の椅子に座り、目の前を何度も横切る、ルーファス・カールトンの次の言葉を待っている。

 書斎の本棚に並べられた経済学や経営学の専門書。窓から差し込む、晩秋の曇り空の鈍い光。

 黒い喪服のワンピースを着て、量の多い金色の髪を黒いバレッタで後ろに留めていたソフィーは、大きな双青の瞳に何も映したくなかった。

 義父のバーナード・カールトンが病気で亡くなり、義父を第二の父として、心から愛していたソフィーに残されたのは、いつも刺すような視線を投げかける義兄のルーファスだけだった。


 ルーファスは私を憎んでいるし、嫌っている。


 五年前、ルーファスの弟である私の婚約者、リアムが交通事故で亡くなった時、ルーファスは彼の死を私の責任にした。結婚式の前夜に花嫁の元ではなく、慣習通りに友人達とバーで飲み明かし、その帰り道で交通事故に遭い亡くなった、リアム。

 一夜も一緒に過ごしてない婚約者だった。

 頭が垂れ、うつむいたままでも、義兄がどんな表情をしているのかが、痛いほど理解出来る。

 彼のグレイの瞳は間違いなく銀色に光っているだろう。彼が強い感情を胸に秘めている時、瞳の光彩はそういう変化をする。

 洗練された印象の喪服に身を包み、長い脚で書斎を歩くたびに、艶やかな黒い髪が獅子のたてがみのようになびいて、私を威嚇する。百八十五センチの身長。高い鼻に、理知的な眉に日に焼けたオリーブ色の肌。彼は間違いなく知的で怜悧な印象のハンサムな男性だ。しかし、その笑顔に出会ったことはない。

「どうして、父は酔狂な遺言を残したんだ。頭がおかしかったのか?」

 いらっとした感情が抑えきれないらしく、彼が髪の毛を掻く音が聞こえる。彼以上に、私が驚いているという事実を頭の中で想像出来ないのだろうか?

 老齢の弁護士は眉根を上げ、老眼鏡の眼鏡の端を押さえてゆっくりと告げた。

「極めて正常な時にこの遺言を残しています」

「ああ、そうか。残った者同士を結婚させるという非常識な遺言を正常な頭でね。遺言書の通り、カールトン貿易会社の後継ぎは必要だ。でも、彼女と結婚する必要はどこにもないだろう」

「ミスター・カールトンは彼女の、ソフィーの人格を高く買っておられました」

「三十三歳にもなって花嫁一人、見つけられない男だと思われていたのか?しかし、彼女は弟の妻になる予定だった女性だ。それも叶わなかったが」

 まるで、私など存在しないかのように繰り広げられる会話の応酬。これらの会話は私が望んで彼と結婚するという、間違った前提で行われているのだろうか?

 彼は何故、リアムや父親のバーナードに似なかったのだろう。あの二人は温厚な性格をしていたのに。

 バーナード・・・・・・、彼の遺言は間違っている。

 死ぬ間際に私の手を取って、ルーファスを頼むと告げたけれど、こういう意味だとは思いもしなかった。ルーファスと私が結婚して一年以内に私が妊娠しないと、ルーファスは現在、カールトン貿易会社のCEOなのに、カールトン貿易会社の後継者になれないと遺言には書いてあった。

 中世の時代でもないのに、こんな勝手な取り決めは理不尽すぎる。だけどリアムが亡くなって、愛する生涯の伴侶が居なくなったんだから、バーナードが私の今後の人生を心配したのだろうという推測は出来る。

 結婚・・・・・・もし、願いが叶うのならば、こんな押しつけられた結婚ではなく、自分の両親のような結婚がしたかった。

 六年前に事故で亡くなった両親。

 おとぎ話のように一目ぼれをして結婚した両親は十五歳の時に交通事故で亡くなったが、いつ見ても仲が良くて、死ぬ時も一緒に天国へ向かったんだから、幸せだったんだろうという結論を泣きながら出した。

 そして、私も両親と同じ人生を夢見ていた。愛する男性に巡り合い、幸せで平穏な生涯を送ると。

 だけど、リアムは死んでしまった。

 王子様が若くして死んだあと、お姫様はどう暮らせばいいの?そんなこと、おとぎ話では教えてくれない。

 左手の薬指にはまったままの、金色に小さく煌めくサファイアの付いた婚約指輪をさすりながら、ため息をつくと、この場にいるのが耐えられなくて、立ち上がった。

「ソフィー、どこへ行こうとしてるんだ!」

 私に咎めるような視線を投げかけるルーファスの顔を見ないように、そっぽをむいて口を開いた。

「行先は貴方にもわかっているでしょう。私はここに居ても、居なくても同じなのだから」

 ルーファスを無視し、老齢の弁護士に腰を曲げて、礼儀正しく挨拶すると、足早に音楽室へと向かった。
関連記事



もくじ   3kaku_s_L.png   私の愛するあの人~七夜ユズル先生コミカライズ
*Edit ▽TB[0]▽CO[2]
Tag List  [ * ]   [ 完結 ]   [ 中編 ]   [ 洋物 ] 
   

~ Comment ~

私の愛するあの人 

全体的に好みでしたが、結婚して一年での妊娠は厳しいかなぁと思います。まして先代は彼女を可愛がっていて幸せになって欲しかった訳ですから、せめて3年は与えて欲しかった、一年では色んな圧力でできる体でもできない気がしますし。欲を言うとも少しラブが必要だといいです。さっぱりしてるので情熱的な恋愛感情を味わいたいです。

 

…健康な夫婦なら、結婚して一年ぐらいで妊娠するのは難しいことではないと思いますが…
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

~ Trackback ~

トラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【神戸 ストーリー 22】へ
  • 【私の愛するあの人2】へ